出産のときの医療ミスで赤ちゃんが死産になってしまった場合、生まれて脳性麻痺が残った場合と比べて、医療ミスの程度としてはひどいのに、賠償金が少額になり数100~1000万円までの賠償額になってしまうことが多いといわれています。法律(民法)では、お腹の中の赤ちゃんは、まだ正式な「人」ではなくお母さんの体の一部と考えられているからです。
お腹の中の赤ちゃん(胎児)の権利として、損害賠償を請求する権利を持っているかどうかは、民法で定められています。民法上、基本は、民法3条1項「私権の享有は出生に始まる」、つまり胎児がお母さんから出てきて体の全部が露出したときに「人」として権利をもつ能力が生まれると考えられています。もう一つの条文として、民法721条には、胎児は「既に生まれたるものと見なす」という文言がありますが、この法律も胎児が権利を持っているという意味ではなく、「出生前には権利能力は有するわけではなく、生きて生まれてきたときにはさかのぼって権利能力を取得する」と考えられています。例えば、お腹の中にいるときに、親が死んでしまったような場合に、無事、生まれてきたら他の子と同じように権利を認めてあげよう、という目的の条文です。
しかし、胎児のまま死んでしまった赤ちゃんは、日本の法律では守られていません。生きて生まれることができなかった死産の場合、お腹の中の子供は、医療ミスで死産になっても責任を賠償してもらうことができないのです。同じように、例えば、両親にとっては大切な受精卵を紛失してしまうような医療ミスも、日本の法律では「モノを紛失しただけだ」ということになりますし、妊婦さんが交通事故にあってお腹の中の赤ちゃんも死んでしまったような場合にも赤ちゃんの分の賠償は「お母さんの体の一部の損害」と評価されてしまうことになります。
法律家の間でもこの問題は以前からしてきされていました。胎児が死亡してしまった事例では、死産か出生後死亡かの微妙な事案であるのに、子が出生した直後に死亡した事例と比較して損害賠償額が極端に少なくなってしまい、社会正義や公平の観点からしておかしいからです。裁判所は、慰謝料の金額を、調整することでなんとか公平になるように対応してきたのです。
例えば、生まれた直後に死亡してしまった赤ちゃんの場合は、
- 蘇生開始後20分後の時点で心電図上に1分間90台の心拍が数分間現れた事案
合計 約3800万円(神戸地裁尼崎支部 平成15年9月30日) - 分娩後26時間後に死亡した事例
合計 約3200万円(松山地判 平成7年1月18日) - 分娩1週間後死亡
合計 約4500万円(東京地判立川支部 平成23年9月22日)
として、生まれてきて長く生きた赤ちゃんとの間に不公平が起こらないように調整されています。
しかし、これに比べて死産になった胎児の場合はまだまだ裁判所の判例も少なく、公平な解決に至っていません。そんな中、お腹の中で死亡した死産の場合の賠償額が余りに低いため、差をなんとか解決しようとする判例も出てきて、産婦人科の医療ミスで、産婦人科医師の行った医療が極めて悪質だったため、胎児への賠償はできないとしても、両親に計2800万円の損害賠償を認めました(東京地裁判決平成14年12月18日判例タイムズ1182号295頁)。
受精卵の価値(賠償額)なども、これから、判例が蓄積されていくはずです。
ご両親の思いと、日本の法曹界(裁判所を含む法律家の世界)はまだまだギャップがあるところがあります。このギャップを、できるだけ埋めていくのも患者側弁護士の責務だと思っています。