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子宮外妊娠を見落とされ生死をさまよったのに! 子宮外妊娠の見落としは、なぜこれほど賠償額が少ないのか

富永愛法律事務所 医師・弁護士 富永 愛 です。
司法試験に合格し、弁護士事務所での経験を積んだ後、国立大医学部を卒業し医師免許を取得。
外科医としての勤務を経て、医療過誤専門の法律事務所を立ち上げました。
実際に産婦人科の医療現場を経験した医師として、法律と医学の両方の視点から産科を中心とした医療問題について発信します。
出産のトラブルでお困りの方は、是非一度お問い合わせください。
子宮外妊娠は、早く見つけて治療につなげないと命にかかわる病気です。ところが過去には、明らかなミスで子宮外妊娠を見落とされたのに、裁判ではわずかな慰謝料しか認められなかったことがありました。いったいなぜ、このようなことが起こるのでしょうか? 実例のご紹介とともに、司法の問題に迫ります。
子宮外妊娠とは?

今まで来ていた生理が来なくなり、妊娠検査薬には「陽性」のラインが確認される。そこまでは普通の妊娠と同じなのに、一方で腹痛や不正出血などの異常がみられ、やがて正しくない場所で妊娠が起こっているのが判明する——これが子宮外妊娠(異所性妊娠)です。
子宮外妊娠は卵巣や子宮頚管、場合によっては腹腔など、受精卵が流れてゆけるいろいろなところで起こり得ますが、大半は卵管で発生します(卵管妊娠といいます)。残念ながら子宮以外のほとんどの場所では赤ちゃんの成長を受け入れる準備ができないため、放置しているとやがて出血や内臓破裂が引き起こされ、大量出血によって死に至ることもあります。このため、妊娠は継続できず、早めの治療が必要になります。
治療は、手術か薬物療法となります。手術には着床した部分も含めて切り取ってしまう根治手術と、妊娠によって作られた組織だけを取り除く保存手術があります。薬物療法では、抗がん剤のひとつであるメトトレキサート(MTX)を使って、妊娠組織を壊します。
卵管妊娠の手術を受けると、その後、妊娠できるのか心配になりますよね。妊娠できた方の割合は、根治手術で60.7%、保存手術で56.2%(※1)。もう一方の卵管に異常がなければ、片方の卵管を切除してもその後の妊娠に大きな差はありません。しかし、身体の負担の少なさから卵管温存を選択する場合が増えているようです。
また、薬物療法は卵管を温存できること、身体に傷をつけないこともあって海外では第一選択となっている治療法なのですが、日本では子宮外妊娠へのMTXが保険適用ではないのに加え、条件を満たした方しか選ぶことはできません。

投与方法には全身投与と局所投与があります。近年の成績は確認できませんが、1998年に発表された聖隷三方原病院の報告では、MTX治療後の卵管通過率は75%、また治療後の妊娠率は60%と、おおむね保存手術と同等といわれています(※2)。
※1 Mol F et al:Salpingotomy versus salpingectomy in women with tubal pregnancy (ESEP study): an open-label, multicentre, randomised controlled trial,The Lancet Vol 383, Issue 9927, 26 April–2 May 2014, 1483-1489
※2 望 月 修ほか:未破裂卵管妊娠 に対するMTX療法の治療成績, 日産婦内視鏡学会 第14巻 第1号, P105-108
子宮外妊娠の見落としで裁判に。しかし……

このように、子宮外妊娠はそのままにしておくと命にかかわりますので、できるだけ早く診断を確定する必要があります。
ですが、医師の見落としによって深刻な事態に陥った方は、残念ながらゼロではありません。そのうえ、見落としがミスと認定されても、ご本人の気持ちや負担に対して賠償や慰謝料は低額なのが現実です。
少し古いですが、子宮外妊娠の見落としで左卵管切除となった患者さんが医師を訴え、過失が認められた事例(東京地裁 平成5年8月30日判決)をご紹介しましょう。
患者さんは下腹部の強い痛みと不正出血のため、病院を受診しました。問診のとき、生理が遅れていることも伝えていましたが、医師は妊娠検査(hCG検査)をせず、痛み止めと抗生剤を処方しただけで帰宅させてしまいました。しかしその後、患者さんは激痛を訴えて救急搬送となり、別の病院で腹腔内出血による緊急手術を受けた際、はじめて子宮外妊娠による左卵管の破裂が判明したのです。
子宮外妊娠を疑う症状が複数あったのに妊娠検査もしなかったこと、そのために卵管破裂による大量出血で死の危険にさらされたこと、お腹に大きな手術痕が残ってしまったこと。これは医師の見落としによるものだとして、患者さんは慰謝料700万円を請求しました。
裁判所は、子宮外妊娠を疑っていればすぐ入院させ検査し、手術のタイミングはもっと早かったはずで、卵管破裂に至る可能性は低かったはずということを認め、医師の過失を認定しました。しかし、支払いを命じた慰謝料の額は200万円だけ。激痛に苦しみ、死亡する危険さえあり、お腹に13㎝の大きな傷が残ったことなどを合わせても、これだけだったのです。
命の危険に見舞われたのに——認められる慰謝料は最低限

当事務所には、子宮外妊娠の見落としについて、たくさんの患者さんやご家族から相談があります。
患者さんとしては、妊娠検査さえしてくれていればすぐにわかったはずなのに……という強い思いがあります。大丈夫と言われて帰宅したにもかかわらず腹痛が続き、卵管破裂などから腹腔内出血が起こると、ご紹介したケースのように救急車で搬送され、緊急手術をしてから子宮外妊娠だとわかる、ということになってしまいます。
また、腹腔内出血はとても危険です。出血量が500mlを越えるとショック状態のサインが表れ始めます。脈拍は正常より早くなり、呼吸の回数も増えていきます。それでも治療せずにいるとさらに出血は続き、1000ml(1L)を越えると血圧も低下して、わけのわからないことを話したりもうろうとしたりと、意識状態が悪化してきます。この状態に陥ると、迅速に輸血などの処置をしなければ命を落とす危険があります。緊急手術の際に「命の危険があるかもしれません」などと説明された患者さんやご家族も珍しくありません。
しかし、何とか救命できた場合には、もともと健康だった患者さんは回復が早い場合が多いです。このため、子宮外妊娠の見落としに対して裁判を行ったとしても「死ぬかと思うほどの恐怖と不安を感じた」ことへの精神的慰謝料、せいぜい100~200万円程度しか認められません。「命が危ない」と言われた経験からすれば、100万円や200万円で済む話ではない、と感じることが一般的ではないかと思いますが、それだけです。
実は、これは交通事故などでも同じです。例えば、大切な子どもを目の前で失った……というようなショッキングなケースでも精神的慰謝料は数百万円で、日本の損害賠償のルールはとても低い金額に抑えられていることがわかります。なお、この慰謝料算定の基準は、裁判所の判決の積み重ねによって決まっていく基準になっているため、全国的に大きな差はありません。
子宮や卵巣が傷つくことへの、法律的な評価の低さ
子宮や卵巣といった生殖器と言われる臓器は、臓器を損傷されたことに対する賠償額が低いという問題もあります。
日本の賠償制度は、後遺症などの障害が残った場合、臓器や機能に応じて重度・重症の1級から軽度の14級までの障害等級をおおむね決めています。例えば、寝たきりの状態になったケースが1級、一方でしびれがずっと残るだけのケースなどは14級です。
では、卵巣を失った場合はどうかというと、両方の卵巣を失った(排卵機能の全廃)場合は7級(慰謝料1000万円)、両方の卵巣に閉塞もしくは癒着を残す場合は9級(慰謝料690万円)、一側の卵巣を失った場合は13級(慰謝料180万円)にすぎません。片方の卵管を失った精神的損害は、法律的には180万円にしか評価されない、ということです。

しかも、この180万円も支払ってもらえる保証はありません。
子宮外妊娠の場合、病院側は「卵管が破裂したのは医師のミスとは関係がない。見落としがあってもなくても、子宮外妊娠の治療のために卵管切除はいずれ必要だった」などと主張してきます。「早期に発見できていれば、傷が小さくて済む腹腔鏡手術によって、卵管切開で治せたはずだ」「MTX投与で治療ができたので、卵管温存が可能だったはずだ」など、反論する方法はあります。しかし、卵管を温存できた可能性が高いということを、医学的な統計データなどを示して、患者側が具体的に証明できなければなりません。
また、日本の場合、子宮外妊娠の治療はまだ卵管切除が一般的です。卵管温存について見識のある医師が治療に当たっていれば切除せずに済んでいたかもしれないのに、世間的には切除が主流だからという理由で、卵管切除分の賠償金は支払ってもらえないということが起こり得ます。先程紹介した裁判例でも、卵管切除についての賠償は認められていません。
今、同じケースが裁判になった場合は「腹腔鏡で治療でき、腹部の傷はほとんど目立たなかったはず」、「卵管温存率の選択率は上昇してきており、MTX治療の成功率も上がっている」などの反論が考えられ、認められれば最終的な賠償金額はもう少し多くなる可能性もあります。ただし、実際に裁判になったときには、「十中八九(80~90%)こうだったはず」という高い可能性を証明しないかぎり、認められることはありません。下腹部の大きな傷も、「安全に手術をするために開腹手術にした」などと言い訳されると反論することは難しくなります。
このようなことから、子宮外妊娠の破裂は、明らかな、それも妊娠検査をしなかったというごく初歩的なミスによる見落としで命の危険に直面させられたにもかかわらず、生きているんだからそれでいいじゃないか、という程度の慰謝料しか認められないということになってしまうのです。
医療裁判をしても赤字に……
医療裁判をするには、一般的には200万程度の費用がかかるといわれています。裁判所に支払う印紙代、弁護士に支払う着手金、専門医に支払う私的鑑定書作成料などを合わせると200万円以上になります。出張費や交通費もかかることがあります。
先程の裁判のケースでは、裁判所は医師のミスを認定していますが、賠償額は200万円しか認めていません。裁判費用が200万円以上かかることを考えると、患者さんたちは裁判に勝訴したにもかかわらず損(赤字)をしてしまうことになります。
同じようなことは、子宮がんの検査の際に、検査の器具で子宮を貫いて損傷させてしまった場合でも考えられます。感染を起こして子宮を全摘出しなければならなくなったとしても、その場合の障害等級は9級(690万円)にしかなりません。一部の切除となった場合は、障害等級には該当しないため、後遺症はないといわれてしまうこともありえます。
手術による傷が大きく残ったとしても、お腹の「傷あと」は後遺症の等級には含まれません。顔など、見えるところに5cmを超える傷が残った場合でやっと最も低い14級、それより小さいものは、ごくわずかな賠償しか認められないという現実があります。
弁護士にできること

以上のように、子宮外妊娠の見落としは法律上の限界から、命にかかわる危険な状態に陥っても賠償金額がごくわずかにしかならない現実があります。
医療ミスの法律相談では、医師に裏切られ、さらに日本の裁判所を含む司法制度の不合理にも直面することになります。「これほどひどい目に遭ったのに! 被害者には何の救済もないのか!」……そう思っておられる患者さんやご家族はたくさんおられます。
医療業界の体質と硬直化した司法制度の中で、今、私たち弁護士にできることは限られていますが、少しずつでもミスの事実を明らかにし、「ミスを隠さず正直に話したほうがいい」と一人でも多くの医療従事者が考えてくれる社会にしてゆけたらと思います。
この記事を書いた人(プロフィール)
富永愛法律事務所医師・弁護士 富永 愛(大阪弁護士会所属)
弁護士事務所に勤務後、国立大学医学部を卒業。
外科医としての経験を活かし、医事紛争で弱い立場にある患者様やご遺族のために、医療専門の法律事務所を設立。
医療と法律の架け橋になれればと思っています。