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無痛分娩の普及と医療事故―医師・弁護士の立場から考える安全な分娩体制-

【医療専門】富永愛法律事務所 医師・弁護士 富永 愛 です。
出産のトラブル(赤ちゃんや妊婦さんの重篤な後遺症や死亡など)は当事務所にご相談ください。
実際に産婦人科の医療現場を経験した医師として、「これって本当に正しかったの?」「納得できないけど、どうしたらいいのか分からない」——そんな不安を抱えている方に、医学と法律の両方の視点から、安心できる一歩を踏み出していただけるようお手伝いします。
2025年の日本麻酔科学会の産科麻酔科関連のセッションでは「無痛分娩の普及」と「安全な医療提供体制」が大きなテーマとして議論されました。医療過誤専門の弁護士として、外科医として臨床に携わり、さらに産婦人科・麻酔科で約1年間研修を受け外科医として臨床に携わった立場から見ても非常に示唆に富む内容でした。
現在、日本では無痛分娩を希望する妊婦さんが急速に増えています。
公益社団法人日本産婦人科医会 医療安全部会による「硬膜外無痛分娩の現状 〜日本産婦人科医会施設情報からの解析」では無痛分娩の実施率は
令和2年の8.6%から令和5年には13.8%へと増加し、わずか3年間で約1.6倍になりました。
厚生労働省の医療施設調査では2024年時点で分娩施設が1948施設、そのうち787施設が無痛分娩を取り扱っているといわれています。
しかし、その一方で、無痛分娩を安全に提供する体制が全国で十分に整っているとは言えません。
麻酔科学会では、現在でも無痛分娩の多くで産婦人科医が麻酔を担当していることや、計画分娩の運用や夜間・休日の診療体制にも施設間で大きな差があることが報告されていました。
弁護士として見過ごせないのは、過去12年間に麻酔関連の母体死亡が7例報告されていることです。
その理由として日本の産科麻酔体制では専門麻酔医の不足が大きな課題であるといわれています。
麻酔科のいない病院のリスク
日本では現在でも、帝王切開の約40%、無痛分娩の約3分の2で産婦人科医が麻酔管理を兼任している現状があります。ほとんどのケースでは事故もなく幸せな出産に至っていると思いますが、麻酔関連の問題が起こってしまうと出産に集中すべき産婦人科医が麻酔管理も行わなければならず、実質的には助産師や看護師に手伝ってもらわなければならない状況が想像できます。
無痛分娩で問題になるのは、麻酔の方法だけではありません。
最も重要なのは、異常が起こっていないかどうかを監視する体制があったのかどうか。
急変時に麻酔管理へ専念できる人員配置だったのか。
麻酔科医や新生児科医と連携できる体制が整っていたのか。
前提として、患者さんへ無痛分娩の利益だけでなく、起こり得る合併症や医療体制について十分な説明が行われていたのか。
実際の医療事故や裁判では、このような点が繰り返し争点となっています。
麻酔科学会では世界標準としてWHOが推奨する緊急産科医療体制についても紹介されています。
そこでは、帝王切開や輸血などを伴う高度な医療は、24時間体制で麻酔や外科対応が可能な施設で実施することが前提とされています。
一方、日本では地域の診療所が帝王切開を含めた分娩を担ってきた歴史があり、この点は国際的な考え方とは異なる特徴があります。
産婦人科医が一人だけの体制で分娩を取り扱っているというと、海外の方は驚かれます。
無痛分娩ではない自然分娩でも一人の産婦人科医だけでは急変時に対応できないとすると、
無痛分娩を行うときにはもっと充実した対応が必要になるということは明らかでしょう。
もちろん地域医療を守ることと安全性との両立という観点からは、無痛分娩の普及に合わせて、人員配置や施設基準、教育体制をどのように標準化していくのかが避けて通れない課題になっています。
近くに産婦人科医がいることが当たり前だったこれまでとは違い、「安全に子供を産める」ということを考えるにあたって何が必要か、考えなければなりません。
医師として医療現場も経験してきて医療現場の大変な状況も知っています。ただ、大変な状況だからミスをしてもいいということにはなりません。
医療過誤事件を専門に扱う弁護士としては、今の日本でどうすればミスを減らすことが出来るのか、そのためには何が必要なのかも考えなければならないと思っています。ミスが起こってしまった後の補償を適切に行う、そんな基本的なこともまだ日本では出来ていません。
医療事故が起きてから多くのカルテや医学論文、診療ガイドラインを読み込み、裁判で医学的な争点を検討してきた経験から、医療事故の多くは一人の医師の技術だけではなく、組織や診療体制に起因して発生するという現実があります。
決して「不良な医師」だけではなく連携不足や思い込みがあったりします。
現在の医療は、優秀な医師であっても医療行為の全てを一人で行うことはありません。
だとすれば、優秀な医師が指示して看護師や助産師が行う医療行為のなかに落とし穴が起こってしまうことも避けられません。
無痛分娩をめぐる議論も「事故が起こってしまってから医療ミスがあったか」という視点を見ているだけでは不十分だと思っています。
どうすれば患者さんが安心して出産を選択できる医療体制を構築できるのか。
医療ミスや紛争化してしまったケースの経験も踏まえながら日本のお産制度設計と医療安全を考えることがこれから重要になると思います。
産科麻酔関連の学会にはこれからも注目していきたいと思います。
この記事を書いた人(プロフィール)
富永愛法律事務所医師・弁護士 富永 愛(大阪弁護士会所属)
弁護士事務所に勤務後、国立大学医学部を卒業。
外科医としての経験を活かし、医事紛争で弱い立場にある患者様やご遺族のために、医療専門の法律事務所を設立。
医療と法律の架け橋になれればと思っています。
