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無痛分娩は安全か? 妊婦さんやご家族に今、本当に知ってほしいこと 2025.9.9

2025.09.11

【医療専門】富永愛法律事務所 医師・弁護士 富永 愛 です。
出産のトラブル(赤ちゃんや妊婦さんの重篤な後遺症や死亡など)は当事務所にご相談ください。
実際に産婦人科の医療現場を経験した医師として、「これって本当に正しかったの?」「納得できないけど、どうしたらいいのか分からない」——そんな不安を抱えている方に、医学と法律の両方の視点から、安心できる一歩を踏み出していただけるようお手伝いします。


無痛分娩は、麻酔薬を使って陣痛の痛みを和らげ、妊婦さんにとっては福音となるものです。
無事に出産を迎えられれば、妊婦さんも立ち会った家族も、赤ちゃんの誕生を温かい気持ちで迎えられる素晴らしい瞬間になるはずです。

しかし、麻酔薬を使って痛みを和らげるということは、何を意味するのでしょうか。陣痛の痛みは、なぜ起こるのか?昔の産婆さん達のように「おなかを痛めて産んだ」かどうかではなく、医学的には妊婦さんの「痛み」というサインがどのような役割を果たしているのか、その「痛み」に代わるサインをどのように観察すれば安全なのかを考えなくてはなりません。

「痛み」の役割

陣痛は、赤ちゃんをおなかの外に押し出すときの子宮の収縮(子宮を形作る筋肉が縮む)ことで、赤ちゃんの頭を下の方に押し出すための生理的な現象です。分娩のスタートは、この子宮の収縮から始まります。

子宮が収縮すると、赤ちゃんのいる子宮内のスペースが狭くなり、赤ちゃんは出口である膣の方向に頭から進んでいきます。子宮口(子宮の入り口)は、妊娠中は赤ちゃんが落ちないようにぴったりと閉じられていますが、子宮の収縮が始まると、上から迫ってくる赤ちゃんの頭によって少しずつ開いていきます。

普段ぴったりと閉じている筋肉の塊が、赤ちゃんの頭で押されて開いていく、そう考ええるだけで「痛い」だろうと想像できます。お産の痛みの程度を他の体の痛みと比較した調査がありますが、がんによる痛みや関節痛、一般的にとても強い痛みとして知られている痛みよりも、さらに強いものだという結果が出ています。

普段、ぴったりと閉じているはずの子宮口は、赤ちゃんの頭が通るときには信じられない大きさ、10㎝まで開き、やっと赤ちゃんの頭がギリギリ通れる状態になります。

立ち会っている男性に、周期的に襲ってくるこの痛みを説明することはとても難しいですが、自分のお尻から幅10㎝の便が出そうで出ない、そんな状況を想像してもらえたら、近い感覚かもしれません。

この想像できないほどの痛みを少しでも緩和し、妊婦さんの辛さを和らげるのが無痛分娩です。

しかし、この子宮収縮の「痛み」は、子宮の筋肉が適切に収縮しているか、持続時間や痛みの強さを観察することで、「もっと異常な痛み」になる子宮破裂や常位胎盤早期剥離を予測するための重要なサインになるものです。

妊婦さんが異常な痛みを訴え続けているような場合には、経験のある産婦人科医なら、「あれ?おかしい?」と疑問を持ち、SOSサインかどうか、赤ちゃんの心拍数やエコー画像で確認して緊急事態を回避してきたはずです。

痛みに代わるSOSサイン

では、「痛み」がなくなってしまう無痛分娩では、SOSサインを産婦人科医はどのようにしてつかむのでしょうか?「痛み」というのは、陣痛の時だけではなく、人間の体に異変が起こっているときのもっとも重要なサインです。

例えば、指を切ってしまったとき、痛みが無ければ傷が大きくなっても気づかず、体のバリアである皮膚が機能せずどんどん細菌が体内に入り込んでしまいます。痛みがあるからこそ、「いたっ!」といって手を原因となる刃物や外敵から逃がすことができ、体内では、傷の修復部隊が体内で集まってくるための警告として働くのです。

産婦人科医は、「異常な痛み」を見れば、痛みの強さや持続時間を観察し、子宮の硬さや赤ちゃんの心拍数に影響があるかどうかで、その原因を推測します。痛みが無ければ、痛みの強さに代わる体のサイン(バイタルサイン)である、妊婦さんの心拍数(脈拍)や、血圧、呼吸数、体温と子宮収縮のモニター画像を合わせて、痛みに代わる異常なサインが無いかを探すのです。

同時に、赤ちゃんの心拍数の変化があれば、おなかの中に異変が生じていることになり、急いで分娩を進めよう(吸引分娩や帝王切開)という決断をすることになります。

無痛分娩をする場合には、妊婦さんのSOSサインである「痛み」に代わるバイタルサイン(脈拍、血圧、呼吸数、体温)などを必ず観察しておかなければならない、ということがわかるでしょう。

無痛分娩を始めたのにバイタルサインの測定をしていない、誰も妊婦さんのそばにいなくなり一人で置いておかれる、という状況がいかに危険か、妊婦さんの痛みに代わる異変に気づけないということは、妊婦さんのSOSの発見が遅れることにつながるのです。

赤ちゃんの心拍数モニターも同じです。妊婦さんの痛み(子宮収縮)に応じた赤ちゃんの心拍の変化は、赤ちゃんの元気さを見る指標になります。これも、誰も見ていない、というのは妊婦さんだけではなく、赤ちゃんにも危険が及ぶ可能性がある状況だということです。

できる=安全とはかぎらない

無痛分娩はここ数年で急激に全国で広がっています。出産数が減少し、ピーク時の半分になってしまったため産婦人科のクリニックは、ほかの医療機関との競争に負けじと「うちでも無痛分娩できます!」と謳っているところが増えてきています。

ただし、実際に安全な医療体制を満たしていないのに、いかにも「できる」かのように謡う医療機関が急増していることも事実です。そんな悪質なホームページの記載を信じてしまい、赤ちゃんが出産約1か月後に亡くなってしまった悲しいケースを紹介します。(ご両親は、自分たちのような被害者を出さないためなら、という強い思いでおられます)このご家族の辛い経験は、2025年9月、読売新聞の医療ルネッサンス「無痛分娩」の特集でも取り上げられました。(読売新聞オンライン・有料記事

九州で起こった実際のケース

昨年8月九州のある産婦人科クリニックで30代の女性が出産をしました。妊娠がわかってからの妊婦検診では母子ともに問題なく過ごしていましたが、予定日の2週間前に、周期的なお腹の張りがあり入院になりました。

無痛分娩の予定をしていたため、お昼過ぎから硬膜外麻酔による無痛分娩を開始し、順調に進んでいました。夕方になり助産師の勤務体制が変わったのか、助産師があまり見に来なくなり、30分以上誰もいないことが多くなりました。

大丈夫なのか心配になりましたが、初めてのお産だったこともあり、妊婦さんは無痛分娩の時には誰かが観察しておかなければならない、ということも知りませんでした。

赤ちゃんの心拍が19時ごろに頻脈(正常の110-160回/分)よりも多くなってきていましたが、助産師が見に来ることはありませんでした。その後には、赤ちゃんの心拍が一時的に急激に低下する一過性徐脈と言われるSOSが見られていましたが、助産師や医師が来ることはありませんでした。

20時半ごろになり、赤ちゃんの心拍が測定できていない、と言って助産師が急にやってきて、妊婦さんの体の向きを横向きにしたり四つん這いにしたり、酸素の吸入も始めたりしましたが、赤ちゃんの心拍の異常は改善せず、助産師に呼ばれた医師がやってきたときには赤ちゃんの命が危ない緊急事態となっていて、医師はすぐに吸引分娩の用意をして赤ちゃんの頭を引っ張る吸引と、妊婦さんのおなかを押すクリステレル子宮底圧出法を何回か行ってやっと赤ちゃんが出てきました。

赤ちゃんは産声をあげず、真っ白で手足はだらんと力が入らない状態で、呼吸もしていませんでした。心臓はかろうじて動いていましたが、そのままでは命が危ない「重症新生児仮死」状態でした。生まれて1分経っても2分経っても赤ちゃんは自分で呼吸できず、心臓の拍動も弱々しく、酸素も十分に体に届いていませんでした。5分経っても赤ちゃんの状態が良くならないとして、8分後に新生児専門医師がいる病院に応援の連絡をしました。

赤ちゃんは必死にSOSを出していた

赤ちゃんの苦しさを想像してみてください。おなかの中で、必死に心臓を早く打って(頻脈にして)何とか耐え続けていた19時から、2時間以上苦しいまま頑張ってSOSのサインを送っていたのに、助産師や医師はそのサインを注視していませんでした。

生まれたあとも、命綱であったへその緒が無くなった状態で、息も自分でできないまま、1分、2分。2分間息を止めてみれば、赤ちゃんの苦しさがわかります。

バッグバルブマスクという口から強制的に空気を送り込む器具で酸素を送ろうとしましたが、5分、8分経っても赤ちゃんの体には十分な酸素が入っていない状態でした。
専門医のいる病院に連絡するのが8分後、というのも遅すぎます。

赤ちゃんが生まれる前の緊急事態だと分かったときに、病院への連絡をしておくべきだと産婦人科のガイドラインには書かれていますが、このクリニックでは生まれてから8分経ってやっと連絡された、という事になります。

病院の先生が到着し、赤ちゃんの口に管を入れて(気管挿管)、やっと酸素が十分に体に入るようになり、心臓もしっかり動き出しましたが、自分で呼吸することはできないまま、病院に搬送され様々な治療が懸命に行われました。

しかし、赤ちゃんの脳には酸素が不足したことによる損傷が広範囲に認められ、生後約1か月で赤ちゃんは亡くなってしまいました。

クリニックとの交渉

当事務所に相談に来られてから、クリニックと話し合いをしようとお手紙を出しましたが、クリニックは、過失はない、亡くなったのはミスが原因ではない(因果関係はない)から法的責任はない、という回答でした。

さらに、院長の意見も添えられていて、そこには、多くの出産、症例がある中で、あなたたちの言うような時期で帝王切開をすると相当数の出産は帝王切開となって、自然分娩と帝王切開の国全体での割合が大きく変わってくる、うちでは全国の帝王切開率20%前半より低い15%前後で推移していたが、去年は26%だった、帝王切開は、血栓、感染、新生児の呼吸障害、母体死亡が経腟分娩より多いということをいつも考えている、というような、意見が書いてありました。

さらに酷いのは、赤ちゃんが死んだのは、長い間、気管挿管や点滴をしていたから感染症になったのであり、お産は直接の原因ではない、というようなことも書いてありました。分娩の為に入院するまで、全く母子ともに異常がなかったのに、です。今このコラムをお読みの方々は、この院長の意見を読んで、どうお感じになるでしょうか?

この事故は、無痛分娩を実施していたのなら、通常よりも観察をしなければならないはずの状況において、子宮口が全開になっても(赤ちゃんが出てくる際に、一番苦しくなる)、30分以上妊婦さんの様子を見に来ることもなく、赤ちゃんの心拍の異常にも気づかないままにしていたという問題があります。

モニターは当直室でも見ることができたし、見ていたが異常がなかった、だから経過観察にした・・・というのは、観察が不十分な医療機関からよく聞くコメントです。モニターの異常に気付かないなら、モニターしている意味はありません。

最後に

このような事故は、これまでもずさんな管理の医療機関で起こって来ました。人員もスタッフの能力も不十分な体制なのに、無理して無痛分娩を行うと、妊婦さんや赤ちゃんのSOSにさらに気づきにくくなります。

本来なら、これまでの経腟分娩よりもしっかりとした観察を行っているはずの無痛分娩で、ずさんな管理方法をそのまま続けている医療機関が、まだまだあるのです。産婦人科医や産科麻酔の専門家も、そのような医療機関に対し、適切に研修や講習を受けて安全な人員配置、モニター観察を行うよう提言していますし、一定の研修を受けた医療機関を認定する仕組みも整え始めています。

妊婦さんや家族には、自分たちの大切な家族を守り、幸せな出産を迎えられるよう、医療機関を選ぶ際には、きれいなホームページやフランス料理、個室の有無だけでなく、まず「適切に研修や講習を受けた医療機関かどうか」JALAのホームぺージに登録されている医療機関かどうかを確かめ、無痛分娩のリスクを十分学んでほしいと思います。

この記事を書いた人(プロフィール)

富永愛法律事務所
医師・弁護士 富永 愛(大阪弁護士会所属)

弁護士事務所に勤務後、国立大学医学部を卒業。
外科医としての経験を活かし、医事紛争で弱い立場にある患者様やご遺族のために、医療専門の法律事務所を設立。
医療と法律の架け橋になれればと思っています。

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