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東京都が無痛分娩10万円助成を正式に決めた!安全な医療につながることを期待!

富永愛法律事務所 医師・弁護士 富永 愛 です。
司法試験に合格し、弁護士事務所での経験を積んだ後、国立大医学部を卒業し医師免許を取得。
外科医としての勤務を経て、医療過誤専門の法律事務所を立ち上げました。
実際に産婦人科の医療現場を経験した医師として、法律と医学の両方の視点から産科を中心とした医療問題について発信します。
出産のトラブルでお困りの方は、是非一度お問い合わせください。
東京都が無痛分娩に10万円助成へ
2025年1月11日、東京都の小池百合子知事は、無痛分娩の助成制度を10月から始めると発表しました。報道によれば東京都が無痛分娩に10万円助成へ 10月から、都道府県初 新年度予算案に12億円を充てるとのこと。
「東京都は11日、子育て支援策として、出産時に麻酔で痛みを和らげる無痛分娩の費用を10月から最大10万円助成する方針を明らかにした」と報道されていました。
都道府県では初の試みとして医療従事者への研修なども含め、計12億円を新年度予算案に盛り込むという報道でしたが、対象は、「安全対策や人員などの要件を満たした都内の医療機関」で無痛分娩をした都民となっています。
都の調査では、無痛分娩の必要経費は平均で約12万円ほど掛かっています。
セレブ病院といわれるような、料理や病室などおもてなしがハイレベルな病院は、無痛分娩の費用も平均を大きく超えた高額に設定されているようです。
無痛分娩には決まった金額がないため、病院によって費用は異なりますが、地方の病院では10万円以内で実施しているところも少なくなく、首都圏は地方と比較すると費用が高い傾向があるようです。
適切に安全対策を行っている産婦人科がようやく評価される
無痛分娩での医療事故は後を絶ちません。ホームページやSNS上で綺麗な設備や豪勢な食事を紹介し、「当院では無痛分娩を行っています!」というような言葉に騙されている妊婦さんや家族は、多いです。日本では、一人の産婦人科医が外来も当直もこなしながら、産科クリニックを経営しているケースがまだまだ多く、同時に2人、3人の出産が重なることで重篤な状態が放置されるようなケースがまだ多いのです。事故に遭ってからご家族は「いい先生だったから信頼していたのに・・・」といわれるのです。
無痛分娩で妊婦や児が死亡する事故が相次いだことから、専門家集団である学会でも安全な体制を取るべきことが声高にいわれるようになり、学会認定の研修をうけたスタッフが、十分な人数いるかどうかを基準に、基準を満たしている医療機関に認定制度を作り、ホームページで情報発信をしています。
しかし、まだまだクリニックの商業的なホームページやSNSほどの影響力がないため、事故に遭ってから「そんな基準があったのか、もっと安全なところを選べばよかった」と落胆される方も多いのです。
今回、無痛分娩に対する補助は、少子化対策の一環として行われる側面が強いですが、東京都のいう「安全対策や人員などの要件を満たした都内の医療機関」に限るところに、注目して、その実行性を評価していきたいと思います。
医療機関側のクレーム
これまで、たくさんの産婦人科クリニックでは、産婦人科医が足りない状況で、安全ではない事故が起こってきました。医療機関側の意見として必ず出てくるのが「人手がない中で懸命にお産を支えてきた産院が経営難になる」というような意見です。
今回の都の発表に対しても、早速「安全対策と人員の要件を満たさない都内の産科診療所や、全国の地方県の産科診療所にとって存亡の危機だ!」等という声が上がっているようです。
しかし、産婦人科クリニックが、どんな体制でも、自由に、ほぼ制限なく無痛分娩を始められるという「事実上の無法地帯」であったことについては、医師会をはじめ医療機関側はフォーカスせず、産婦人科医が近くにいなくなりますよ、それでもいいんですか?というような脅しで、無法地帯を許してきたということにもそろそろ気付くべきです。
日本産婦人科学会の元理事長である木村正先生と、産婦人科の医療事故についてお話しする機会がありました。当方は産科専門の患者側弁護士、木村先生は産婦人科臨床医の元トップとしていわば、「敵」であるはずの関係ですが、危険なヤバい医療機関がいまだ沢山あることについては意見が一致しました。
木村先生は「医療体制にしても、緊急事態に自分で対応できないような分娩施設は分娩はやめてしまえ、が持論」であるが、大阪大学の教授として、大阪だけでも産婦人科の臨床状況を良くしようと懸命の努力をしたが「大阪ですらうまくゆかず、まして(学会の)理事長として、潰したい病院があれば、一緒に知事なり市長のところに行って説得します」とまで言って活動しても、政治的な立場から、地域に産婦人科がなくなったら困る、というような様々な意見が出てくることになり、結局、知事、市長を説得してほしいというような話がどこからも来なかった、ということでした。
無痛分娩を、医師が少ない環境で行うのは極めて危険なことである、という現実や、欧米各国では産婦人科医が一人しかいない医療機関はありえない「クレイジーな状態」だといわれていること、何より、行くまでに30分かかったとしても安全なお産ができる医療機関を目指して統廃合することの重要性で、木村先生の意見はもっともだと感じました。
木村先生は、大阪大学教授を退官され、理事長の職務も終えられてしまい、これから学会を牽引する先生方が、どの方向に向かうのか、心配になります。木村先生のように「結局、産婦人科医の皆さん変わりたくないのだな、という気がする」という意見が、もっと多くならなければ日本の産婦人科医療は安全にはなりません。東京都の今回の助成は、安全な医療機関を別の目線で評価する、変革につなげてほしいと心から思います。
「安全面に配慮し、麻酔科医や麻酔に精通した医師がおり、 母体の急変時に備えて蘇生機器が整った医療機関での無痛分娩を助成条件とする。医療従事者向けの急変対応研修も実施する。」との小池知事の解説もありましたが、助成条件を満たすかどうか、その評価を自治体が出来るのか、注視したいと思っています。
ある産婦人科クリニック側の法律家からは「専門化された病院を指向せよ、ということで、産科医療が崩壊する」などと予想通りの意見がありましたが、少子化が進み、一人のお子さんしか生まない方が増えていく中で、現在のような「お子さんに障害が残るリスクの高い危険な産科医療」を望む妊婦さんは、いないはずです。
全国各地の産科診療所への波及
現在、東京都だけではなく、厚生労働省で「出産費用の保険適用」を進めるべきかどうかなどを巡って、「妊娠・出産・産後における妊産婦等の支援策等に関する検討会」での議論が行われています。その中で、2024年11月13日の会議では、日本産婦人科医会副会長が、自らが静岡県焼津市で開業している産科診療所を例にとって、「分娩数の変遷ですが、直近の10年間、平成27年には714件ございまして、コロナの頃に一気に減ってまいりました。今、529件、今年は500件を切る勢いです。これは自然の少子化と同時に、里帰り分娩の減少、それは基本的には無痛分娩が原因だと思っております。」などと説明しています。
これに対して、都内での無痛分娩が原因で、静岡県焼津市辺りの「里帰り出産」が減り経営が悪化していることが問題だ、というような意見もあります。
しかし、そもそも「里帰り出産」という日本独特の、危険な風習についてはだれも問題視してきませんでした。ある公立大学の産婦人科部長とお話したときには、「なぜみんな、危険な里帰り出産をしたがるのか、そのリスクをわかっていない。無事に生まれてから実家の家族に来てもらう方がよっぽど安全なのに・・・」ということを強く言われていたことを思い出します。
里帰り出産をする、と妊婦さんが言うと産婦人科医師は何を思うか。
「うちで生まないなら、帰り先でしっかり診てもらってね」と思わないでしょうか。
例えば、妊婦検診で通院していた時の母子の情報が、里帰り先では十分把握できていなかったり、仕事や家族の都合で出産直前に医療機関を変えたことで、情報が十分共有できていないまま早産になったケースで、事故が起きやすい背景があります。
「都内での出産が、全国各地の地方県の産科診療所にも波及」というような意見は、産婦人科クリニックの経営問題だけに焦点を当てていて、安全な医療という一番大事な部分を忘れている危険な考え方のような気がします。
地方では、出産数が減った産婦人科クリニックの経営を諦め、産婦人科医が複数いる体制の病院に勤務する、廃業して勤務医に戻る産婦人科医の話もよく聞きます。安全に経営できていない産婦人科クリニックも守ってきたのが、今までの日本の実態なのです。安全のために経営を諦める産婦人科医は、医師として正しい判断をしておられると思います。
都内の産科診療所は、少子化の影響と無痛分娩の拡大のため、特に無痛分娩を取り扱わない産科診療所の多くは分娩数が減少している現実もあります。収益の悪化、経営の悪化を問題視する前に、安全であることが語られるべきではないかと思います。
無痛分娩の医療安全上の真のリスク
無痛分娩(硬膜外麻酔)で起こりうる問題点については、別のコラムでも何度も発信してきました。特に、脊髄に麻酔薬が入って過剰に麻酔が聞いてしまう脊髄麻酔や、局所麻酔薬の急性中毒が起こるリスクは常にあります。過量投与、長時間投与による薬の蓄積、血管内誤注入などが原因で起こるもので、重大なリスクです。
モニターをつけて管理することが一般的になってきたことで、10年前よりも安全な体制の医療機関は増えてきました。さらに、無痛分娩では、有効な陣痛が得られず分娩が遷延してしまうことも問題です。無痛にするために麻酔薬だけではなく、陣痛を強くするための子宮収縮薬の使用が適切にできているか、吸引分娩や帝王切開の頻度が上がるため十分な人的体制があるのか、ということも問題です。無痛分娩の問題は、麻酔薬の管理だけではなく、これまでの子宮収縮薬の使用方法や、緊急対応である吸引分娩や鉗子分娩の技術や体制の問題も、増加するということにあるのです。
東京都の補助制度では、体制のチェックに際して、子宮収縮薬の使用方法や急速遂娩時の対応、助産師のCTG読影能力向上などの問題点にも、これを機会に議論していただくことを期待したいと思います。
今回、無痛分娩への公的助成制度が話題になることは、妊婦さんや将来出産を考える人たちに正確な情報を伝えるチャンスだと考えています。
無痛分娩は、妊産婦にとって痛みを緩和するメリットがあるだけではなく、そもそも病気ではない状態に対して、硬膜外麻酔を行うことによって危険を人為的に創り出している状態にあることを、東京都民だけではなく全国の妊婦さんや家族に伝える機会になって欲しいと思います。
早く保険診療の対象に
東京都は無痛分娩の助成額を上限10万円として、その程度の金額の助成を想定しています。そもそも無痛分娩に10万円近い費用が必要なのは、お産が保険診療外であることに原因があります。お産の時でなければ、硬膜外麻酔は保険診療なら、腰部であれば8000円程度です。診療報酬点数・L002硬膜外麻酔・腰部800点。但し、実施時間が2時間を超えた場合は、麻酔管理時間加算として、30分ごとに400点が加算されることになっています。つまり、麻酔としての部分は保険診療であれば1万円前後に過ぎません。お産を社会保障制度として、その他の医療行為と同様に保険診療内にすることの議論も、早く進めるべきだと思います。
今後とも東京都の動向や無痛分娩を取り巻く問題を注目してゆきたいと思います。
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