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「無痛分娩」 費用の助成があれば選択しますか?

2024.06.27

富永愛法律事務所 医師・弁護士 富永 愛 です。
司法試験に合格し、弁護士事務所での経験を積んだ後、国立大医学部を卒業し医師免許を取得
外科医としての勤務を経て、医療過誤専門の法律事務所を立ち上げました。
実際に産婦人科の医療現場を経験した医師として、法律と医学の両方の視点から産科を中心とした医療問題について発信します。



現東京都知事の小池百合子氏が東京都知事選(6月20日告示、7月7日投開票)の公約を発表し注目を集めた「無痛分娩」
無痛分娩の認知度は年々上がっている一方で、実施されている件数はそれほど増えていません。

アメリカやフランス、イギリスでは半数以上の出産で無痛分娩が選択されているのに、なぜ日本では広まらないのでしょうか?

無痛分娩を選択する足枷の一つと考えられる「費用」
今回は無痛分娩の費用についてお話しします。


無痛分娩とは

無痛分娩は、麻酔を使用して出産の痛みを最小限に抑える出産方法です。
「無痛」といっても、痛みを全く感じないわけではありません。
お腹の張りやいきむ感覚がわかるように硬膜外麻酔による部分麻酔によって行われます。

無痛分娩については、「無痛分娩のリスクとは?無痛分娩を選択するメリット・デメリットも」で詳しく解説しています。

出産費用の相場(正常分娩)

まず、通常の出産費用はどのくらいかかるのでしょうか。

厚生労働省が令和4年までに調査した結果によると、全国の平均は全施設で482,294円、公的病院463,450円、私的病院506,264円、診療所478,509円でした。

「公的病院」は国公立病院など、「私的病院」は産婦人科クリニックや私立大学病院など、「診療所」は個人診療所、助産院などです。

都道府県による費用の違い

全国の平均は482,294円でしたが、出産する地域によっても費用に大きな差があります。

最も平均費用が高額なのは、東京都で60万5,261円万円です。
反対に、最も費用が安いのは熊本県で36万1,184円です。
その差は20万円以上もあります。

同じ日本にいながら住んでいる場所によってこんなにも違いがあるのは驚きだと思います。

無痛分娩の費用

無痛分娩は通常の出産にプラス10~20万円で行っているところが多いようです。
分娩機関によって実施体制も違うため、費用にはばらつきがあります。

これは、無痛分娩が麻酔を使用する出産方法だからです。
常勤で麻酔科医がいるのか、非常勤なのか、そもそも麻酔科医ではなく産婦人科医が麻酔を担当している、など分娩機関によって体制は様々です。

陣痛はいつ起こるかわかりません。
出産も、自然な動物の営みだと考えると、新月の夜に多いと言われていることも納得です。
できるだけ赤ちゃんとお母さんのタイミングで出産ができればベストですが、実際には人員の問題により24時間体制で無痛分娩に対応しているところは少なく、多くは計画無痛分娩となります。

フランスは無痛分娩が無料?!

フランスでは、無痛分娩を選択する妊婦さんが8割と、世界の中でも特に無痛分娩が多く行われている国です。

出産費用は国民医療保険制度の適応となり、公立病院であればすべて無料になります
無痛分娩も公立病院ではなんと無料です。

さらに産後に出産一時金が給付されます(高所得者を除く)。
このように手厚い社会保障により無痛分娩が多くの妊婦さんに選択されているようです。

費用助成があれば無痛分娩を選択する?

無痛分娩は、どんどん上昇する通常の出産費用に加えて、追加でかかる費用がネックとなり、妊婦さんにとって選択しづらい現状があります。
小池氏が掲げる無痛分娩の費用助成が実現すれば、今まで金銭面で躊躇していた妊婦さんたちを後押しし、希望者が増えるでしょう。

しかし、本当に費用を行政が負担するだけでよいのでしょうか?

安全性への不安

日本で無痛分娩が広がらない理由は費用だけではなく、「安全」の問題です。

「麻酔への不安」から無痛分娩をためらう妊婦さんも多くいらっしゃいます。
帝王切開の時の腰椎麻酔は比較的簡単に行える麻酔ですが、無痛分娩で行われる硬膜外麻酔は、熟練した手技が必要で、ひとたび事故が起こると呼吸停止などの危険な状態に陥ることもあります。

そのため、費用助成などで金銭的な負担が軽くなったからといって、安易に選択するのはおすすめしません。

無痛分娩の裁判例

実際に、無痛分娩の麻酔で妊婦さんが寝たきりになってしまった事故があり、裁判にもなっています。患者さんの訴えが認められていますが、赤ちゃんは亡くなり、お母さんは寝たきりのままです。(京都地裁 令和3年3月26日判決

無痛分娩のリスクを知り、病院選びを含めて慎重に検討してほしいと思います。
麻酔のリスク、病院選びのポイントを「無痛分娩の麻酔事故。あなたの産院は本当に安全な無痛分娩ができる施設?」でお話ししています。ぜひ参考にしてください。

無痛分娩の費用・リスク・メリットを納得したうえで選択を

無痛分娩を検討している妊婦さんにとって費用は重要なポイントの一つです。
無痛分娩には、10~20万円の費用がかかります。
追加で費用が必要な理由は、麻酔を使用した出産方法であり、人手(特に、麻酔科医と知識がある看護師・助産師)が必要なこと、そして通常の出産よりもリスクがあるからということをぜひ知ってほしいと思います。

また、日本には「お腹を痛めて産んだ」などと、出産は痛みに耐えてこそという風潮がまだ根強く残っているのも無痛分娩がこれまで広く受け入れられなかった理由の一つではないでしょうか。
古くからの「痛みは美徳」という考えが今でも残っていることで、家族からの反対や、自分が甘えているのではないかといった気持ちを持ってしまうのかもしれません。
その点は妊婦さん自身が選べる社会になってほしいと思います。

無痛分娩にはメリットもあります

例えば、痛みに支配されることなく赤ちゃんが誕生する瞬間を迎えられること、妊婦さんの疲れが軽減できて、産後の回復が早いことなどです。
子どもへの愛情と、痛みを経験したかどうかは比例しませんし、里帰り出産をしない妊婦さんも増えている時代の変化もあって、心身へのダメージを抑えられる無痛分娩を希望する妊婦さんは今後も増えていくと考えられます。

しかし、日本で無痛分娩が広く普及するには課題が多くあるのも事実です。
金銭面や精神面など妊婦さん側の問題だけでなく、日本の産科医療の体制にも関わります。
「公的に費用を助成」となれば、東京だけの問題にとどまらないでしょう。

出産が辛い思い出にならにように、「安全」かどうかの視点もぜひ加えて考えてみてほしいと思います。

今後も、無痛分娩などの産科医療について医師・弁護士の立場から情報を発信していきます。ぜひ他のコラムもご覧ください。

この記事を書いた人(プロフィール)

富永愛法律事務所
医師・弁護士 富永 愛(大阪弁護士会所属)

弁護士事務所に勤務後、国立大学医学部を卒業。
外科医としての経験を活かし、医事紛争で弱い立場にある患者様やご遺族のために、医療専門の法律事務所を設立。
医療と法律の架け橋になれればと思っています。

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