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解決事例

2023.12.19

不適切な分娩管理や不適切な蘇生措置により仮死状態で出生した新生児が低酸素脳症から死亡したとして440万円の慰謝料が認められた事例

事例の概要

腹部の痛みを感じて出産間近と考えた妊婦さんは妊娠41週であった8月24日6時50分にクリニックに入院し、医師から子宮口の開き具合からまだ時間がかかるとのことで陣痛室で待機するよう指示されました。15時30分頃の内診で助産師からも生まれるのは午後10時頃になると告げられました。
17時30分頃、助産師から人工破膜を受け、分娩室に移動して分娩を開始されましたが、分娩進行ははかどらず、児の心音も低くなってきたため、医師が呼ばれ、医師は18時20分頃会陰切開を施しましたが分娩は進行しませんでした。そこで18時40分頃、吸引分娩が行われ、妊婦さんは男児を出産しました。臍帯の長さは31㎝でした。
男児は医療機関に救急搬送されましたが「気管内挿管がされておらず、対光反射はあったが、痛み刺激に反応なし、全身色不良、自発呼吸、運動がなく、筋緊張亢進、Moro反射は確認できない」というもので、また、男児の爪には胎便が付着していました。
男児は救急搬送先で直ちに気管内挿管され、その後脳低体温療法等が行われましたが、出生4日後に脳死状態となり、以後積極的な治療が中止され、出生12日後には自発呼吸がないことが確認され、その6日後には人工呼吸器が取り外され死亡が確認されました。
死亡診断書には、男児の直接死因は低酸素性虚血性脳症、その原因は重症新生児仮死、またその他直接死因には関係しないが症状経過に影響を及ぼした疾病として、胎便吸引症候群、新生児遷延性肺高血圧症と記載されていました。(大阪地裁 平成18年7月14日判決)

判決

裁判所は、17時50分の時点は胎児仮死や過強陣痛を疑わせる所見は何もなかったので、この時点までに急速遂娩(帝王切開や吸引分娩)を行う必要があると判断するのは困難であるが、娩出時には重度仮死状態であったと認められ、この時気管内挿管によって気道を確保して酸素投与を行わなかった点は医師としての義務に違反したとして慰謝料440万円を認めました。

裁判所の判断と問題点

まず、出産までの経過についてですが、胎児の状態を観察するための一つとして、妊婦さんのお腹に分娩監視装置を装着して、胎児心拍数陣痛図を記録して監視します。胎児心拍数陣痛図(CTG)の波形から、胎児の状態が正常であるか異常はないかを診ていきます。

裁判所は17時50分までのCTGは軽度の一過性の異常所見が見られただけで、胎児仮死や過強陣痛を疑わせる所見は何もなかったので、この時点で急速遂娩(帝王切開や吸引分娩)をするという判断は困難であったとしています。しかし、その後は胎児心拍数が70bpm程度に低下し、18時頃5L/分の酸素投与が開始され、20分経過しても胎児心拍数は改善せず、明らかに胎児の状態が良好ではあるとは言えませんでした。

文献などを考慮すると遅くとも酸素投与後10分経過した18時10分頃までには胎児が低酸素状態によって深刻な事態になる可能性を判断して、急速遂娩の準備をすべきとはいえる、と判断しています。しかし、医師が内診した18時20分には児頭は骨腔内に嵌入した状態だったのでそれ以前に吸引分娩や鉗子分娩は不可能であったし、帝王切開は決定から1時間半から2時間かかるので、実際娩出された18時40分よりも遅くなっていた可能性が高く、すなわち、急速遂娩されなかったことについて問題があるとはいえないとしました。


しかし今回のケースで問題とされた点は、娩出後の医師の対応です。児が娩出されると、アプガースコアという点数(10点満点)で児の状態を評価します。今回のケースでは、出生1分後、5分後、30分後のいずれも3点で、医療現場の標準的な見解からすると、4点以下(文献によっては3点以下)の場合は気道吸引後、100%酸素によるバッグ&マスクを行い、それでも児の状態が改善しなければ直ちに気管内挿管するべきといわれています。今回のケースでは気管内挿管が必要であると判断し、実施するべきでした。しかし気管内挿管は行われず、クリニック側は気管内挿管は熟練した処置であるし、熟練した医師がいなかったので気管内挿管は困難であったと述べました。しかし、気管内挿管は熟練した処置ではあるけれども、一般的で標準的な蘇生法の一つであると認められており、特定な医療機関のみで行う処置ではなく、標準的な医療現場においては行える処置であるし、今回のクリニックのような分娩を行う現場では気管内挿管が必要となる状況も想定できるのであるから、気管内挿管が行える体制を整えておくべきだったと裁判所は判断しました。

一方で出生時にすでに脳障害を負っていた可能性が否定できないので、そうすると早期に気管内挿管をしていても児の死を回避できなかったものであったかもしれないし、児の結果が発生しなかったという高い確実性までは認められないとしました。しかし結果が生じなかった可能性は少なからずあったかもしれないので、このような判断から、440万円という慰謝料が認められました。

弁護士のコメント

このケースは、分娩までの産婦人科クリニックの対応について問題ないと判断してしまっています。この点は、非常に疑問が残る判決です。胎児心拍数陣痛図(CTG)を再検討する必要があると思いますが、お腹の中の赤ちゃんが苦しい状態になってから、帝王切開する時間として、1時間半~2時間かかるという裁判所の判断は、産科臨床の現場の感覚としては遅いものです。そのあたりの、出産までの産婦人科での対応を十分主張しきれなかった可能性が残る裁判例です。
一方で、赤ちゃんが胎児仮死として出生してから、基本的処置としてのバッグ&マスクによる換気が不適切で、赤ちゃんに適切に酸素が送れず、気管挿管も行わずに搬送まで適切な治療をしていなかった点は、問題だと考えています。
産婦人科の出産トラブルでは、出産までの対応と、出産後の対応が両方問題になることが多いです。このケースは、出産までの対応が問題ないと判断したことで、出産時にすでに脳に障害があったとして、医師らの対応に問題はあるものの、適切に対応しても死亡していたのではないか、と考えて、少額の判決になっています。
出産までに対応が、本当に問題なかったのか、もっと早い段階で帝王切開の準備をしておき、直ちに実施すべきだったのではないか、と感じます。非常に疑問が残る判決です。

この記事を書いた人(プロフィール)

富永愛法律事務所
医師・弁護士 富永 愛(大阪弁護士会所属)

弁護士事務所に勤務後、国立大学医学部を卒業。
外科医としての経験を活かし、医事紛争で弱い立場にある患者様やご遺族のために、医療専門の法律事務所を設立。
医療と法律の架け橋になれればと思っています。

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