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解決事例

2023.12.19

分娩後の異常出血ないし産科危機的出血の状態に陥った患者に対する対応を誤って死亡させたとして損害賠償を求めた事例

事例の概要

里帰り出産を希望し妊娠20週以降、クリニックに通院していた35歳妊婦さんが、妊娠38週5日に軽度の妊娠高血圧症候群と診断されその2日後に同クリニックに入院し、さらにその2日後に帝王切開術にて出産しましたが、出産後の危機的出血があったにもかかわらず医師の誤った対応と高次医療機関への救急搬送の遅れにより、出産翌日に死亡された事案です。(東京地裁 令和2年1月30日判決)

判決

裁判所は帝王切開終了後の約5時間後には出血が持続した状態であり、ガイドラインでいう産科危機的出血の状態と認められ、医師も認識できたものとし、高次医療機関に転送すべき注意義務違反があったものと認め、約50分の診断と判断が早ければ救命し得たと認めました。

裁判所の判断と問題点

帝王切開が午後6時10分頃終了し、午後10時40分の助産師が出血に関する報告をした後、午後11時10分に医師が診察、子宮内及び膣内にコアグラ(凝血塊)が認められたため除去したが、午後11時45分頃には、子宮底圧迫により約120mLの出血が見られており、なお出血は持続していた。また、午後8時50分頃以降2時間以上にわたり尿量の増加が認められていなかったことから、無尿もしくは乏尿の状態であり、本来であればこの1時間後から輸液の増量を行い、尿量の変化をみるべきところ、実際に輸液を増量したのは同日午後11時10分頃であった上、その後輸液の増量を行っても、結局翌日10日午前1時過ぎの時点まで、尿量は300mLのままであったことを考慮すれば、少なくとも午後11時40分頃の時点では無尿または少なくとも乏尿の状態だったと認められ、各ガイドラインでいう産科危機的出血の状態だったと認められ、医師もこれを認識し得たものと認められる。

また、午前0時45分、呼吸苦がみられ、突如としてSpO2が80%台後半に低下したが、午後10時50分から翌午前0時45分までSpO2が測定されておらず、突如としてSpO2が80%台後半に低下したとはいえない。
医師は翌日午前0時30分頃救急搬送を決定したが、遅くとも午後11時40分頃までに、産科危機的出血に陥ったものと判断すべきであった。そして高次医療施設へ転送すべき注意義務があったものと認められる。この時点で転送を実施していれば、高次医療施設において輸血はもちろんのこと、抗ショック療法、抗DIC療法を行うことができ、十分治療可能であった。

また、午前0時30分頃に搬送決定し、患者が転送先病院に到着したのが同日午前1時27分頃と、搬送決定から病院到着まで約1時間を要しているが、当時医師には緊急性についての認識が希薄であったものとうかがわれ、本来であれば、この間の時間は更に短縮し得る可能性が高いと推測される。
搬送決定から到着まで最大で50分程度と認めることができ、午後11時40分頃に救急搬送に着手しておれば、翌午前0時30分頃には病院に到着していたものと認められ、その時点から抗DIC療法を含む治療が開始されることにより、救命し得たものと認められる。

弁護士のコメント

産科での大出血は「危機的出血」として、対応すべき方法が産科診療ガイドラインで明確に決められています。母体の死亡は、現在の日本の医療においては避けなければいけないものだと認識されています。出産の際には、出血は常に疑っておく必要があり、出血は時間との戦いです。しかし、一方で、出血した分がきちんと補充されれば救命できるという点で、何をすればよいのかがわかりやすい病態でもあります。
どの程度出血すれば、危機的状況になるのか、産婦人科医は常に念頭に置いて、最悪の場合を考えつつ先手を打つ必要があります。このケースでは、「危機的出血」が起こっていたのに、対応が遅れ、その時間も長くかかっている点を、裁判所が正しく評価したものだと思います。

この記事を書いた人(プロフィール)

富永愛法律事務所
医師・弁護士 富永 愛(大阪弁護士会所属)

弁護士事務所に勤務後、国立大学医学部を卒業。
外科医としての経験を活かし、医事紛争で弱い立場にある患者様やご遺族のために、医療専門の法律事務所を設立。
医療と法律の架け橋になれればと思っています。

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