常位胎盤早期剥離(の疑い)との診断が遅れて胎児が死亡し、母体も重体に陥ったとして約1400万の損害賠償が認められた事例 - 産科医療LABO
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解決事例

2023.12.19

常位胎盤早期剥離(の疑い)との診断が遅れて胎児が死亡し、母体も重体に陥ったとして約1400万の損害賠償が認められた事例

事例の概要

出産予定日が5月12日である第2子を妊娠していた妊婦さんは3月13日19時40分頃、下腹部の張りや性器出血を訴えて産婦人科を受診し、医師は切迫早産と診断し、入院しました。

20時25分、子宮の収縮を抑制する薬(ウテメリン)の投与が開始され、20時8分にノンストレステスト(胎児心拍を調べて胎児の健康状態をみるもの)のために分娩監視装置が装着されました。医師は20時55分頃診察し、胎児心拍数波形の胎児心拍数基線(一過性変動のない10分程度の平均的な心拍数のこと)は約130bpm(bpmとは1分間における胎児心拍数を表す単位)の正常であり経過観察にして分娩監視装置は外されました。


22時50分頃、再び分娩監視装置が装着され、23時15分頃に医師が診察して、胎児心拍数基線は130bpmの正常であると判読し、引き続き経過観察として、分娩監視装置は外されました。
翌日14日の4時頃、妊婦さんは強い動悸を感じ医師が診察をしました。この時医師は常位胎盤剥離であると診断し、5時3分ころ、他院に救急搬送されました。

妊婦さんは救急帝王切開を受けましたが、胎児は死産となり、妊婦さんはDIC(播種性血管内凝固性症候群)を発症、出血量は羊水を含めて約5,550mLになり多量の輸血が行われました。子宮摘出の可能性もありましたが、子宮摘出には至りませんでした。(徳島地裁 平成30年7月11日判決)

判決

裁判所は、入院後分娩監視装置を付けた2回目の診察である23時15分頃の診察時に医師が胎児心拍数基線を130bpmと判読したのは問題があり、この時点で常位胎盤早期剥離が発症していることを疑い、胎児心拍の異常の鑑別診断を行っていれば、胎児が生存したまま産まれる高い確実性があったとして1,409万7,560円の損害賠償を認めました。

裁判所の判断と問題点

今回、2回のノンストレステストが行われていて、医師は2回とも胎児心拍数基線は130bpmであると判読していますが、裁判所は2回目ノンストレステスト時の医師の判読に問題があると判断しました。
一般的に産婦人科医師は、胎児心拍数波形を判読して、胎児の心拍が正常かどうか判定します。正常でない波形には違いによって診断名があります。裁判所は、1回目である20時頃の胎児心拍数基線について基線155bpmで高度遅発一過性徐脈が発生していた、20時25分~35分は基線140bpm、20時35分~56分も基線155bpmであり一過性徐脈であったと判断しました。医師の判断は130bpmで正常だとしているので誤りだが、この時点での胎児心拍数陣痛図の判読は困難だったこと、直前の波形もなく比較できないこと、また当時のガイドラインによると一般診療所の医師の基準としてこの時点で原因検索や急速遂娩(帝王切開など)の準備の義務がありますが経過観察したことが義務違反とまではいえないと判断しました。
しかし裁判所は、2回目の23時頃の胎児心拍数基線の医師の判読の誤りは問題があるとしました。理由として、裁判所の判断では22時50分~23時15分は基線150bpm、正常脈であるが高度一過性徐脈であったこと、1回目との違いは、この時点での胎児心拍数陣痛図は一般産婦人科医師でも十分に判読ができて困難ではなかったこと、1回目の波形とは異なっていたこと、妊婦さんの性器出血、子宮収縮、下腹部痛といった症状からも常位胎盤早期剥離であることを疑えたことなどを挙げています。裁判所はこの2回目の時点で胎児心拍の異常の原因検索のための鑑別診断や、高次医療機関への転送の措置をとるべき義務があったとして、これらを行っていれば胎児が生存したまま産まれてくることができた高い確実性があると判断しました。

弁護士のコメント

このケースは、分娩の際に妊婦さんのお中に巻いて胎児の状態を観察する分娩監視装置の波形(CTG)の読み方が問題になっています。分娩監視装置は、胎児の心拍数の変化と妊婦さんの子宮収縮(陣痛)の関係から、胎児が低酸素状態(酸素が乏しく苦しい状態)になっているかどうかを判断する、産婦人科では非常に重要なものです。産科診療ガイドラインでは、CTG波形の読み方に一定のルールが作成されています。出産の際には、産婦人科医師だけではなく助産師もこの波形を正しく評価して胎児の状態を観察し、必要な処置が定められています。
今回のケースでは、2回のCTGの読み方が争点になり、1回目は評価が難しいものだったため注意義務違反(過失)までは認められないが、2回目の評価は、ガイドラインに沿って間違っていたと認めたことになります。
さらに、このケースでは、常位胎盤早期剥離という状態がおこり、胎盤が剥がれてしまうことで赤ちゃんに十分な酸素や栄養が届かない状態になっていました。CTGの波形からも胎児の状態の悪化が観察でき、妊婦さんにも出血や下腹部痛などの常位胎盤早期剥離を疑うような症状があったのに、その点を見落としていたところが過失だと評価しています。
CTG波形の読み方は、産婦人科のトラブルでは問題になることが多いですが、裁判所がガイドラインに基づく正しい波形の読み方を示したことや、常位胎盤早期剥離という緊急事態を想定していなかった産婦人科医の対応を問題だとしたところに意義があると思います。
但し、常位胎盤早期剥離は、急激に進行することもあり、産婦人科医が適切に対応していても赤ちゃんに障害が残ることもあります。その点を考慮して、1,409万7,560円という賠償額となったと考えます。

この記事を書いた人(プロフィール)

富永愛法律事務所
医師・弁護士 富永 愛(大阪弁護士会所属)

弁護士事務所に勤務後、国立大学医学部を卒業。
外科医としての経験を活かし、医事紛争で弱い立場にある患者様やご遺族のために、医療専門の法律事務所を設立。
医療と法律の架け橋になれればと思っています。

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