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解決事例

2023.12.11

HELLP症候群に対して必要な検査や搬送を行わず患者を放置したことにより、妊婦はDICを合併して死亡、仮死状態で生まれた児も出生4ヶ月後に死亡したことについて、1億2500万円の和解が成立したケース

医療ミスの事案概要

妊娠中からHELLP症候群の症状があった

出産ため被告病院に通院していた患者は、妊娠36週頃から妊娠高血圧腎症を発症し、妊娠37週頃から胃痛、嘔吐というHELLP症候群の症状が出現していました。
38週5日、分娩のため被告病院に入院し、陣痛が始まったことでHELLP症候群が悪化していたにもかかわらず、HELLP症候群の管理に必要な血液検査も高次医療機関への適時搬送も行われませんでした。助産師に繰り返す嘔吐や胃痛、激しい頭痛を訴えるも、血液検査、血圧測定などは行われず、胎児心拍モニターが胎児仮死を表す状態を示していたのに何の対応もせず、患者の容体が急変し、けいれんを起こすまで放置されたのです。

けいれんが起きた後の対応も不適切

その後、けいれんが起きてから被告病院が要請した救急車が到着するまで、バッグバルブマスクなどによる適切な換気も実施されていませんでした。その結果、患者は低酸素脳症になり、さらにDIC(血液凝固が全身の血管内で無秩序に起きることによって、出血と血栓を生じ多臓器不全に陥る状態)となって、脳出血も合併し、出産から12日後に亡くなりました。
総合病院に搬送され緊急帝王切開で生まれた赤ちゃんも、重症新生児仮死による低酸素脳症となり、出生4か月後に亡くなりました。

法律相談までの経緯・検討内容

患者のご遺族から産婦人科医院での治療について疑問があるという相談を受け、当事務所で患者に対する処置について病院の診療録をはじめ、専門家の意見や医学文献、ガイドライン等を踏まえて慎重に検討しました。その結果、妊娠高血圧腎症に対して必要な治療が行われていなかった点、胎児心拍モニターで胎児仮死を示唆する所見を認めたにもかかわらず帝王切開の準備を怠った点、HELLP症候群を疑う症状があったにもかかわらずこれを見落とし治療が遅れた点について、患者及びその子供の死亡につき産婦人科医院に賠償責任があるという結論に至りました。

HELLP症候群とは

HELLP症候群とは、妊娠中、産褥期に溶血(赤血球が破壊されること)、肝機能障害、血小板減少を同時に伴う疾患です。妊娠高血圧症候群の妊婦さんに多い合併症としても知られています。HELLP症候群は血液検査によって診断されます。主な症状は、上腹部痛、嘔吐、頭痛などが挙げられます。妊婦が上腹部症状(上腹部痛・心窩部痛・上腹部違和感)、悪心・嘔吐、極度の倦怠感を訴えた場合、HELLP 症候群を考えて、血液検査を行う必要があります。
進行すると子癇の発生やDIC治療が必要となる場合もあるため、母児の状態を考慮した上で早期に赤ちゃんの娩出(帝王切開)を検討しなければなりません。

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弁護士の対応

示談交渉から訴訟へ

医療事故のあった産婦人科医院に対して書面で賠償を求めましたが、話し合いで解決することが難しいという返答でしたので、やむなく裁判となりました。

裁判では、患者の症状からHELLP症候群発症を疑い、血液検査を実施し、緊急帝王切開及び新生児蘇生を行う技術と設備のある高次医療機関に患者を搬送する義務があったと主張したところ、病院側は、HELLP症候群の症状が出た時に早期に搬送すべきだったことは認めました。また、子供についての責任は認めました。しかし、早くに搬送していても脳出血やDICの発症は回避できず救命することはできなかったと反論し、賠償責任を否定しました。

争点

主要な争点は、患者が死亡するに至った最も重大な原因は何かという点にしぼられました。患者側は、けいれん発作が起こって呼吸ができなくなった時点で、適切な治療を行わなかったため低酸素脳症を発症し死亡したと主張しました。一方、病院側は、患者は脳出血により死亡したのであって、脳出血を回避することはできなかったと主張しました。

患者側としては、産婦人科と脳外科専門医の意見書を提出しました。脳神経外科専門医の先生には、患者の頭部CT画像から低酸素脳症の所見は明らかであり、患者がけいれんを起こした際に適切に人工呼吸を行えば、低酸素脳症は起こらず救命できた可能性が高い意見を書いてもらうことができました。また、産婦人科専門医の先生には、早めに搬送し帝王切開を含めた適切な治療を行っていれば、けいれん発作は起きなかった可能性があり、たとえけいれん発作が起こっても適切に対応できたはずで死亡することはなかったこと、脳出血も起こらなかった可能性があることを意見してもらうことができました。

これに対して、病院側からは、医師会の委員である脳外科専門医の意見書が提出されました。患者の頭部CT画像につき、低酸素脳症の所見があることは認める内容でしたが、脳出血による脳浮腫、頭蓋内圧亢進の結果、低酸素脳症を発症したと書いてあり、脳出血があれば死んでも仕方がないという趣旨でした。病院側から産婦科医の意見は出されませんでした。

裁判所から和解の提案

HELLP症候群に対して適切に対応していれば、けいれんも脳出血も起こっておらず、患者が亡くなることはなかったことを繰り返し主張し、最終的には裁判所からご遺族の意向に沿った和解案が提示され、1億2500万円で和解が成立しました。


死因について難しい医学論争になりましたが、裁判官は理解しようと努力してくれている姿勢でした。わかりやすく説明するため、死因について絵や図を使って説明を繰り返しました。

実際に裁判で使用した図

実際に使用した図

富永弁護士のコメント

勝訴的和解につながった要因

裁判所の提示した和解案は、患者側の主張に十分な説得力があるということを前提とした金額でした。そのような和解案を裁判所が示してくれたのは、産婦人科医院がHELLP症候群の徴候を見逃して、治療が遅れたことを認めていたことが大きい要因でした。頭部CT画像など客観的な証拠があったことも重要でした。加えて、産婦人科や脳外科の先生が、HELLP症候群に対して適切に対応していれば、けいれんも脳出血も起こっていなかった可能性があるという意見を示してくださったことも、裁判官を説得するために重要だったと思います。病院側は、頭部CT画像について脳神経外科医の意見書を提出して反論していましたが、あまり説得力のないものでした。

医療機関側は「仕方がない」で済ませようとするのです

医療訴訟では医療機関側から「どうせ死んだのだから仕方がない」という、因果関係を否定する意見が出されることは多いです。今回のケースで医療機関側の意見書を作成した脳外科医師の意見を例にみてみます。

脳卒中は転帰が悪いから仕方がない?

以下に示す部分は、妊婦が脳卒中(脳の出血や梗塞等)を起こすと死ぬものだ、というような意見を述べています。

相手方の主張

しかし、この引用された文献は、よく見ると元々脳の血管に先天的な病気がある妊婦さんのことも含まれていますし、「診断まで3時間を要した場合」と書いてあるように、診断が遅れたら予後が悪い、ということを言っています。診断が遅れたことを棚に上げて、「転帰が悪い」≒どうせ死ぬ、というようなことだけを主張していることがわかります。

患者さんの元々の疾患が原因?

医療機関側の意見としては、患者さんの元々の疾患が原因であり、医者たち医療機関のせいではない、だから仕方がない、というような記載も多く見られます。今回のケースでは、患者さんには妊娠前に脳の病気は全くなかったにもかかわらず、以下のように書いています。

脳出血についての意見

器質的とは、臓器そのものに問題がある、もともと異常があった、という意味合いです。

関係のないコロナ患者を引き合いに

さらに、医療現場は大変なんだ(だから仕方がない)というような論調も多くみられます。
同じ脳外科医は、新型コロナウイルスが猛威を振るっていたことを利用しようとしたのか、次のようなことも書いています。

コロナ患者を例に出した意見

妊婦さんは新型コロナウイルスに感染していたことはありませんし、呼吸機能が悪くなるような病気もなかったのに、コロナ患者の重症例を引き合いに出して、低酸素状態(SpO2 80%台)が1~2時間持続しても、問題なかった、というような記載をしています。呼吸機能に問題のなかった妊婦さんを重症コロナ患者と同じように考えるような意見は、医師としては信じられない記載です。

 医療機関側の立場としては、自分たちに有利な主張をすることは立場上仕方がない面もあります。しかし、この意見書を書いているのは、某市で開業されておられる脳外科医の先生です。どうせ死ぬのだから・・・という発想で患者さんの診察をしておられると思うと背筋が寒くなるのは私だけではないでしょう。
幸い、このケースでは、裁判官が双方の意見書をしっかり読み込んでくださり、この脳外科医師の意見に惑わされることはなく、こちらの意向にある程度沿った和解案を示してもらうことができました。

裁判官の丁寧な和解手続き、その心遣いに感謝

このケースでは、妻と子を同時に失ったご遺族(ご主人)が、脳外科医師のどうせ死んでいた、という意見によってさらに傷つくことになりました。しかし、一方で、和解手続きを進める際の、裁判官の心遣いには救われました。和解手続きは、ともすれば金額だけを決めてさっさと終わりになってしまうことも多く、戦い続けてきたご遺族としては、呆然とした気持ちになることもあります。しかし、このケースでは、裁判官の心遣いによって、ご遺族の「少しでも再発防止につなげる和解条項にしたい」「裁判を通じて明らかになった事実をなにかの形で残したい」という思いに寄り添ってもらうことができました。

最終的には相手方代理人も協力してくれたため、通常とは異なる具体的再発防止を組み込んだ和解条項にすることができました。また、本来和解では形として残らない「事実の経過」についても、期日調書に添付する別紙として作成することを裁判長自らが一つの選択肢として勧めてくださり、ご遺族が少しでも納得する和解手続きにすることができました。これまで全国の裁判所で医療訴訟に関わってきましたが、これほど丁寧に和解手続きを勧めてくれた裁判所は初めてでした。裁判長の心遣いと、左陪席裁判官の粘り強い対応に、心から感謝したいと思います。

最後に、実際の「和解調書」の一部と、弁論準備手続調書の別紙として添付された「事実の経過」について示しておきます。

和解調書

弁論準備手続調書

(別紙1)妊婦についての事実経過

事実経過1
事実経過3
事実経過4
事実経過5
事実経過6
事実経過7

(別紙2)赤ちゃんについての事実経過

事実経過8
事実経過9
事実経過10

この記事を書いた人(プロフィール)

富永愛法律事務所
医師・弁護士 富永 愛(大阪弁護士会所属)

弁護士事務所に勤務後、国立大学医学部を卒業。
外科医としての経験を活かし、医事紛争で弱い立場にある患者様やご遺族のために、医療専門の法律事務所を設立。
医療と法律の架け橋になれればと思っています。

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