解決事例
重症胎児機能不全(胎児心拍数波形レベル5)の状態でオキシトシンを投与し、出生した赤ちゃんに重度脳性麻痺の後遺症が残ったことについて約1億7000万円で和解となったケース(産科医療補償制度既払金2040万円含む)
医療ミスの事案概要
西日本にある大学病院での医療ミスでした。
陣痛が始まったため入院した妊婦さんに対し、分娩監視装置が断続的に装着され、助産師は胎児心拍数陣痛図(CTG)には赤ちゃんの苦しいサインである一過性徐脈が繰り返し出現していることを確認していましたが、カルテに記載するのみで医師の診察を求めず経過観察としました。
分娩室に移動し、胎児心拍数波形のレベル分類で「レベル4」(異常波形 中等度)に該当する状態に至っても、赤ちゃんを早くお腹から出してあげるための急速遂娩の準備もされず、その後「レベル5」(異常波形 高度)の状態になったのに、医師はオキシトシンによる陣痛促進を指示しました。
レベル5の状態では、オキシトシン(陣痛促進剤)の投与は禁忌であり、赤ちゃんの状態はさらに悪化し、徐脈(心拍が遅くなる状態)になっているにもかかわらず、医師は薬剤の減量や中止をせず、反対に薬を増量し、経腟分娩を続行しました。
赤ちゃんは経腟分娩でなんとか生まれましたが、全身チアノーゼ(皮膚が暗紫色になっている状態)で、呼吸もしていない状態でした。新生児仮死の有無を評価するアプガースコアでいうと、生後1分では1点(10点満点)、新生児蘇生が施された生後5分でも6点の状態で、生後1日目には新生児低酸素虚血性脳症と診断され、その後、脳性麻痺になってしまいました。
法律相談までの経緯
ご両親はお子さんの出生から9年間、障害が残ってしまったのは自分達のせいだと自責の念とともに過ごされていました。
産科医療補償制度からの補償金は受給していましたが、原因分析報告書の作成時に、機構から保護者の意見を求められた時も、出産時のことを思い出すことも辛く意見や質問を返すことができなかったということでした。原因分析の検討が終わり報告書が届いた後も、当時を振り返ることが辛く、報告書を読むことすらできなかったとおっしゃっていました。
お子さんが少し大きくなられ、産科医療補償制度の更新手続きの折に、勇気を出して初めて読んだ原因分析報告書に、「医学的妥当性がない」という記載が複数あるのを見て、病院の対応に問題があったのではないか!と感じて、当事務所にお電話をいただきました。
相談後の対応・検討内容
ご相談時、すでに出産から10年近く経っており、損害賠償を請求する権利を失ってしまう時効が直近に迫っていました。すぐにお電話でその旨を伝え、原因分析報告書やお手持ちの資料を送っていただき、大学病院からカルテやCTGを大急ぎで取り寄せ、医学的な検討を始めました。同時に時効の進行を一時的にストップさせる法的手続きとして、大学病院に「裁判外の催告」(賠償を求める旨の通知書の送付)を行いました。
検討から明らかになった主な問題点
問題点1
胎児心拍数陣痛図で、繰り返す軽度遷延一過性徐脈が発生していたにもかかわらず、助産師は医師の立会を求めず長時間にわたり経過観察としていました。
早期に医師の診察を求め、原因検索や急速遂娩の準備、実行がされていれば、赤ちゃんの低酸素状態を悪化させることはなかったと考えられました。
問題点2
レベル4(異常波形 中等度)の状態で、急速遂娩(吸引分娩や帝王切開など)の準備を行うことなく、努責(いきむこと)のみで分娩を継続していました。
産科診療ガイドラインにそって急速遂娩の準備または実行、新生児蘇生の準備を行うべきと考えられました。この点は原因分析報告書でも、「医学的妥当性がない」と評価されていました。
問題点3
レベル5(異常波形 高度)の状態で、オキシトシンによる陣痛促進を行っていました。
赤ちゃんの心拍数のグラフに、基線細変動の減少(酸素が足りないサイン)が認められており、すぐにでも帝王切開で赤ちゃんをお腹の外に出してあげる必要がありましたが、医師は陣痛促進を指示していました。この時点で、生まれた時のことを考えて小児科への連絡を行っていなことも問題でした。原因分析報告書でも、「医学的妥当性がない」と評価されていました。
問題点4
オキシトシンの増量指示
レベル5(異常波形 高度)の状態で陣痛促進を行っただけでなく、陣痛促進のためのオキシトシン投与によって赤ちゃんの状態をさらに悪化させ、オキシトシンの減量・中止をせず、投与量を増やすことは、通常の産科臨床からは考えられない行動であると考えられました。
弁護士の対応
示談交渉
まず、病院が責任を認めて賠償に応じるかどうかの回答を文書で求めました。
相手(病院)からの回答を待つ間に、正当な損害金額を算出するため、出生から現在までの通院状況や生活状況について細かくご両親から聞かせていただき、約10年間の膨大な医療費の領収書をできる限り集めて、将来の介護用品の購入費などを詳細に積算しました。日常の介護を24時間体制で、ご両親2人が担っておられることなどを踏まえて、相手方へ2億円を超える損害金額を提示することとしました。
それに対し相手方からは、一旦は過失を認める旨の回答があり、1億2000万円での解決を希望する書面が届きました。しかし、その金額の根拠となる内訳は一切記載されていませんでした。ご家族からすれば到底納得できる金額、提案内容ではなかったため、当方から何度も金額内訳の開示を求めましたが、開示はされないまま時効の成立が迫っていました。
時効が成立しないようにするためには、裁判所の関わる手続き(調停や訴訟)をしなければなりません。訴訟も考えましたが、相手の大学病院が一部過失を認めるような回答をして、訴訟はやめてほしいという申し入れがあったため、訴訟ではなく、調停による話し合い(医事調停)の申し立てを行うことにしました。
ただし、病院がいつ回答を変えてくるかわからないため、すぐにでも訴訟に切り替えられるよう、訴状に匹敵する内容(申立書47ページ、医学文献の証拠を13添付)の調停申立書を作成しました。
医事調停(裁判所の医療集中部といわれる部署が行う調停手続)
調停では、相手方の担当弁護士が替わりましたが、責任を認める方向で金額についての話し合いをしよう、という裁判官(医療集中部の裁判官)の勧めもあり、主に損害の中で大部分を占める介護費について協議が重ねられました。ご家族からは、これまでの10年間の思いや、担当医師の誠意ない態度などを陳述書にまとめてもらい、調停に至るまでの率直な思いを小さな法廷で裁判官に直接伝えてもらう場面もありました。
最終的に、裁判所の勧めもあり、解決金として1億7000万円(産科医療補償制度既払金2040万円を含む)の支払いを内容とする合意に至り、調停手続での解決が実現しました。
なお、調停成立の予定日直前になって、大学の理事長が難色を示しているという通常では考えられない場面もありましたが、医学的な知識や裁判の実務を知らない方だったのか、相手方弁護士や病院関係者の説得により数日後に無事調停が成立しました。
弁護士のコメント
9年もの間、自分を責め続けてこられたお母さん(妊婦さん)の涙は忘れられません。医師を責めてはいけないのではないか、自分が悪かったのではないかと、と気持ちを押し殺して過ごしてこられた日々は、想像を絶するものがあります。
初めて電話をいただいた日は、9年半の時点で、後悔しないように「一度相談だけでもしてみよう」と思い立った、とお母さんはおっしゃっていました。
でも、「相手は大学病院。ミスを認めるはずがない、と半ば諦めていた」とも思っていた、と。
当方が受け取ったカルテやCTGの資料は、出産当時何時間も放置されていたという真実をあぶり出してくれました。
電話をいただいた日から一年以上かかって、粘り強く交渉を進め、調停での解決に至ることができ、本当によかったとご両親と喜びを共有しました。
医事調停手続では、忙しい中、ご両親2人にも裁判所に来てもらい、裁判所での手続きを実際に感じつつ、直接気持ちをストレートに裁判官に伝える機会も作ることができました。
弁護士同士だけの場合には冷たい印象の裁判官達も、ご両親が来られた日の調停では、緊張しているご両親の気持ちを汲み取って、柔和な態度で誠実に、時間をかけてご両親の言葉を一言一句受け止めてくれたことも、重要な一幕だったと思います。日頃「心を見せない」ことを求められている裁判官達の、人間らしい温かみやお人柄が感じられました。ご両親は、この裁判官達なら大丈夫だと思われたはずです。
医療裁判では、患者側と病院の言い分が真っ向から対立し、熾烈な戦いになることが多く、被害者達が、司法によってさらに傷つくことも多く経験してきました。
しかし今回、担当裁判官の温かい心遣いにふれて、調停手続にしてよかったと、初めて思いました。(残念ながらこんな経験は滅多にありません。)
患者さん達は、医師や病院を責め続けたいわけではないのです。
ただ、失った健康な体や命は戻らないという辛い現実を受け止めて、日々必死に生きています。そんな中で、今置かれている大変な生活状況を少しでも(経済的な面だけでも)支えてほしいと思っているのです。
すべての裁判官に、今回担当してくれたK裁判官のような温かさがあればもっと患者さん達の心も救われるのに、と思いました。
一方で、調停成立の直前になって、組織内部のごたごたを対外的にも晒すことになった某大学。
組織内部の権力闘争は、どうぞ他所でやっていただきたいと思うと同時に、患者さんや家族のことなど全く考えていない体質に呆れました。