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無痛分娩で全脊髄くも膜下麻酔になり妊婦さんが心肺停止!

富永愛法律事務所 医師・弁護士 富永 愛 です。
司法試験に合格し、弁護士事務所での経験を積んだ後、国立大医学部を卒業し医師免許を取得。
外科医としての勤務を経て、医療過誤専門の法律事務所を立ち上げました。
実際に産婦人科の医療現場を経験した医師として、法律と医学の両方の視点から産科を中心とした医療問題について発信します。
出産のトラブルでお困りの方は、是非一度お問い合わせください。
無痛分娩は、麻酔によって陣痛の痛みを和らげながら行う分娩方法です。
産科医療LABOでは、無痛分娩について、メリットとデメリットを十分に理解し、病院を選ぶ際も、病院の無痛分娩時の体制(スタッフの人数、麻酔科医がいるか)などをしっかり調べた上で決めることをおすすめしています。コラム最後の、無痛分娩に関するコラム一覧から、ぜひ他のコラムもご一読ください。
どの出産方法を選んでも、出産事故が起こる可能性はゼロにはなりません。
特に、無痛分娩の麻酔による事故は、妊婦さんの命にかかわります。
今回のコラムでは、無痛分娩の重篤な合併症である全脊髄くも膜下麻酔について紹介します。
無痛分娩でおこる麻酔事故の種類
無痛分娩で行われる硬膜外麻酔は、様々な手術で用いられる一般的な麻酔の方法ですが、高度な技術が必要となります。

脊髄や髄液を覆っている膜を「硬膜」、硬膜の外側のスペースを「硬膜外腔」といいます。硬膜外麻酔では、この「硬膜外腔」にカテーテルという管を通して麻酔薬を注入し、腰から下の痛みを感じにくくします。この時、妊婦さんは横向きで背中を丸めた姿勢をとります。麻酔の量は、「痛くないけど力は入る」程度に調節します。

無痛分娩では、比較的濃度の低い麻酔薬が使用されますが、誤った場所にお薬が注入されると重大な事故につながります。
局所麻酔中毒による事故
硬膜外カテーテルが血管内に入ってしまうことで起こります。
薬の注入後、耳鳴りや鉄の味がするなどの味覚異常、口数が多くなるなどの症状が出現し、重症になると痙攣や意識消失、呼吸停止に陥ります。(局所麻酔中毒についての解決事例はこちら)
全脊髄くも膜下麻酔による事故
全脊髄くも膜下麻酔は、本来硬膜という脊髄を守る膜の外(硬膜外腔)に注入すべき薬剤が、脊髄に近い硬膜の内側(脊髄くも膜下腔)まで入ってしまい、脊髄に麻酔が効きすぎることで起こります。

硬膜外麻酔と、脊髄くも膜下麻酔を目的として使用される薬剤では、注入する際の濃度も量も異なります。そのため、濃度が比較的高い硬膜外麻酔用の薬剤が、誤って脊髄くも膜下に入ると麻酔が強く効きすぎるのです。
脊髄くも膜下腔までカテーテルが入っていることに気づかず、多量の麻酔薬が注入されると、下半身の運動麻痺だけでなく、神経の機能に広くに効果が出てしまい徐脈や血圧低下が起こり、対応が遅れると呼吸停止、意識消失につながります。呼吸が停止した時はただちに人工呼吸を実施して、麻酔の効果がなくなるまで呼吸を人工的に補助しなければなりません。
全脊髄くも膜下麻酔で妊婦さんが心肺停止になった事例
事例の概要
産婦人科クリニックで無痛分娩のために実施された硬膜外麻酔によって全脊髄くも膜下麻酔となり、妊婦さんが一時心肺停止となってしまいました。高次医療機関へ搬送されてから帝王切開で生まれた赤ちゃんにも重度脳性麻痺の後遺症が残りました。
麻酔薬の投与量が基準から逸脱
硬膜外麻酔に使用するマーカイン®(ブピバカイン塩酸塩水和物)などの局所麻酔薬は、安全面から少量を複数回に分けて注入することが望ましいとされています。そして、初回の投与量は5~15ml程度に留めることが推奨されています。ゆっくり少量ずつ注入することで血液中やくも膜下腔に入ったとしても危険な状態に至らないようにするためです。
しかし、事故を起こした産婦人科クリニックでは、基準を大幅に超えた量の麻酔薬25mlを一度に注入していました。
本来ならば、硬膜外カテーテルが血管やくも膜下腔に達していないか、少量ずつ麻酔薬を入れて確認すべきところ、多量に、そして一気に入れたことで、急速に症状が悪化し心肺停止に至るまで重症化した経過です。
赤ちゃんへの影響
麻酔の影響でお母さんの血圧が一気に下がってしまい、赤ちゃんに十分な酸素が届かず、赤ちゃんの心拍も遅く(徐脈)なって、60~70回/分まで下がっていました。通常、お腹の中で元気な状態の赤ちゃんの心拍は、平均110~160回/分なので、明らかに苦しい状態であることがわかります。
お母さんも血圧低下から呼吸も止まって心肺停止となり、蘇生措置が行われましたが、お母さんの心拍が再開したのは15分後でした。その間、お母さんの脳にも赤ちゃんにも酸素が届かない状態が続いていたことになります。
高次医療機関へ搬送され、帝王切開で赤ちゃんは娩出されましたが、酸素が乏しい状態で長時間いたことから、重症新生児仮死で生まれ、低酸素性虚血性脳症、新生児痙攣、呼吸窮迫症候群などを合併し重篤な状態に陥ってしまいました。
その後、重度の脳性麻痺の後遺症が残り、出産に関わる事故であるとして産科医療補償制度を申請され、補償対象となりました。
産科医療補償制度での検討
産科医療補償制度を運営する日本医療機能評価機構は、補償対象となったすべてのケースについて脳性麻痺の原因を分析し、原因分析報告書としてご家族や医療機関に送付しています。そして、原因分析報告書の要約版をホームページで公開しています。
今回のケースも原因分析報告書の要約版が公開されています。
(原因分析報告書リンク:http://www.sanka-hp.jcqhc.or.jp/documents/analysis/pdf/280008.pdf)
その報告書には、赤ちゃんの脳性麻痺の原因は、「胎児低酸素・酸血症」であると評価されており、その直接的な原因は「母体の急性呼吸循環不全とそれに引き続く心停止」とされています。つまり、産婦人科クリニックでの無痛分娩を目的とした硬膜外麻酔のミスで、全脊髄くも膜下麻酔となってしまったことが、お母さんだけでなく赤ちゃんにも大きく影響し、脳性麻痺を引き起こしたと報告されているのです。
報告書には、お母さんの産後の状態は記載されていないため、お母さんが順調に回復されたのかどうかまではわかりません。全脊髄くも膜下麻酔は、麻酔薬の効果がなくなるまで呼吸を補助するなど、適切に対処すれば後遺症なく回復することが多いといわれています。一方、医療機関の対応が遅れ、呼吸停止や、心停止の時間が長くなるほど脳の酸素不足が進行し、ダメージは大きくなります。
無痛分娩の事故が増えています
当事務所でも、母子ともに重篤な後遺症が残ってしまったケースや、残念ながらお母さんやお子さんが亡くなってしまったケースのご依頼等をいくつも担当してきましたが、最近は特に無痛分娩に関わるご相談も増えています。
無痛分娩を実施している医療機関は近年増加し、患者さん達にも知られるようになってきたため選択する方が増える一方で、無痛分娩を安全に行える体制がないのに、「無痛分娩ができる」とホームページなどに書いてある医療機関が多くなっていて、事故が増えているのも現実です。
産科医療補償制度でこれまで検討されてきた原因分析報告書は、これから出産を控えている方や同じような事故に遭われた方にとっても、極めて貴重な情報になります。私たちは、今後もその大切な情報を活用させていただき、必要としている方々に届けていきたいと思っています。
無痛分娩のコラム一覧
出産は、月の満ち欠けにも関係するといわれており、同じ日に複数の妊婦さんが陣痛発来することは珍しくありません。そのため、基本的に産婦人科の医師一人で安全な無痛分娩を行うことは難しいはずです。
無痛分娩のリスクや病院選びについて、過去のコラムでも詳しくご説明していますので、ぜひあわせてお読みください。
- 無痛分娩のリスクとは?無痛分娩を選択するメリット・デメリットも
- 無痛分娩の麻酔事故。あなたの産院は本当に安全な無痛分娩ができる施設?
- 「無痛分娩」 費用の助成があれば選択しますか?
- 無痛分娩で母が死亡するのはなぜか?!
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