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「吸引分娩」による事故防止、遺族の要望は届いたのか

2023.11.01

2017年11月に吸引分娩で生まれた赤ちゃんは、帽状腱膜下血腫という頭部の内出血によって生まれて半日で亡くなりました。赤ちゃんのご両親がクリニックに対して損害賠償を求めた訴訟は過去のコラムでもご紹介しました。

無痛分娩での出産において吸引分娩が行われた当時の状況について、ご両親はガイドラインで定められている吸引分娩の適応条件(お産の遷延や停止、母体の疲労、胎児機能不全)をいずれも満たしていなかったと主張し、今年1月に裁判は終結しました。ご両親は、今後同じような事故が起こってほしくないという思いで、同年4月に日本産婦人科学会と日本産婦人科医会に対して吸引分娩の指針改定について要望書を提出されました。祈るような思いだったでしょう。

吸引分娩については、YouTube動画で詳しく解説しています。

吸引分娩を行うにあたっては、学会の作ったガイドラインにルールが細かく書いてあります

吸引分娩の適応と要約

ご両親の要望書では、今夏(2023年)に改訂が予定されていた診療ガイドラインへ、次の4点を追加するよう求めていました。

  • 吸引分娩後は帽状腱膜下血腫頭血腫などの合併症の危険を念頭に経過を観察すること
  • 吸引を始める際の胎児の位置を、現在より低い位置に改めること
  • 吸引分娩をするのは、分娩の遅れが確実な場合とすること
  • 無痛分娩における吸引分娩のリスクや備えについて周知すること

では、今年(2023年)8月に発刊された『産婦人科診療ガイドライン産科編2023』には、要望書の内容は反映されたのでしょうか。

今回の改訂で吸引分娩にかかわる項目(CQ406)に追加されたのは、子宮底圧迫法について適応が明記されただけで、要望書の内容は含まれていませんでした。

吸引分娩によって帽状腱膜下血腫を含む合併症が起こる危険があることは、産科医療に携わっていれば当然知っているはずですが、赤ちゃんには、帽状腱膜下血腫による失血性ショックでチアノーゼの症状が出ていたにもかかわらず、早期に高次医療機関へ搬送されなかったことで亡くなってしまいました。
吸引分娩による合併症の危険性については以前から記載があるものの、赤ちゃんの経過観察に至るまでは、詳細な決まりはまだ作られなかった…ということです。
勇気あるご両親の要望の声は、まだ学会には届いていません。

『産婦人科診療ガイドライン 産科編2023』発刊

産科医療補償制度からも学会へ要望は出されていた

2012年の産科医療補償制度の再発防止委員会による報告書には、次のような要望が学会へ示されていました。

帽状腱膜下血腫について

「吸引分娩後24時間は、児を十分な監視下に置き、帽状腱膜下血腫の有無など、児の状態を注意深く観察するよう周知することについて、産婦人科診療ガイドラインをわかりやすいものに改訂することが望まれる。」(「第2回再発防止に関する報告書」より抜粋)

また、産科医療関係者に対して、吸引分娩を実施するにあたってガイドラインに従い、以下のことを徹底して行うよう提言されています。(「再発防止及び産科医療の質の向上に向けて」より一部抜粋)

吸引分娩施行の判断を適切に行い、適正な方法で吸引分娩を行う。

吸引分娩に習熟した医師本人、または習熟した医師の指導下で医師が行う。また、吸引分娩にあたっては、妊産婦の状態、ステーション、児頭回旋などの分娩進行状況を十分に把握し、適応や施行する際の条件を守ることが重要である。

吸引分娩により出生した児は、一定時間、注意深く観察する。

吸引分娩により出生した児は、一定時間十分な監視下に置き、帽状腱膜下血腫の有無など、注意深く観察することが必要である。

このように、吸引分娩の適応条件を見極め、牽引時間20分以内、牽引回数5回以内ルールを遵守することの重要性や、帽状腱膜下血腫などの合併症について特に注意が必要なことは何年も前から周知されるべきこととして言われてきたのに、今回もガイドラインに詳しく明記されなかったことは残念です。現在もガイドラインを守らずに長時間吸引を続けたり、赤ちゃんの頭が十分に降下していないにもかかわらず吸引を強行して医療事故につながるケースなどがあるのは現実です。

そして、紛争や裁判になると病院や医師たちは「ガイドラインに書いていないことはやらなくてもよい」というような主張を平気でしてくるのです。
誠実に患者に向き合っておられる医師の先生方はそんな言い訳をする医師と同じように思われたくないはずです。
学会をはじめ、日本の産科医療を少しでも良くしようと、真剣に取り組んでおられる先生方にもっと頑張って欲しいと思わずにはいられません。

この記事を書いた人(プロフィール)

富永愛法律事務所
医師・弁護士 富永 愛(大阪弁護士会所属)

弁護士事務所に勤務後、国立大学医学部を卒業。
外科医としての経験を活かし、医事紛争で弱い立場にある患者様やご遺族のために、医療専門の法律事務所を設立。
医療と法律の架け橋になれればと思っています。

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